今、世の中にはいろいろな乗り物が存在しています。公的交通機関の電車・バスや、自家用の自動車・バイク、商業用のトラックなどがありますね。自転車なども広い意味では乗り物といっていいでしょう。人間の足代わり・荷物の運搬など、用途によって様々な種類の乗り物が開発されてきましたが、その過程でできたものに、オート三輪というものがあります。
オート三輪とは、タイヤが3つあり、トラックのように後ろに荷台がついているもののことです。普通は、前輪が1つで後輪が2つになっています。見かけが自動車っぽいので、普通の4輪車からタイヤを1個引いたものと思われがちですが、実際は、2輪車のバイクに後輪を1つ加えたものという方が正しいです。バイクのことを違う言い方でオートバイと言いますよね。バイクの仲間で3輪車だからオート三輪と言われるようになったらしいです。
もともと、3輪の乗り物は何が優れているとかそういった理由もなく、ごく自然に発生してきたものでした。日本においては、バイクの代わりという形でオート三輪が考案されました。一方外国では、初期の頃に作られた自動車が3輪だったということもあり、その発展として三輪自動車が作られていきました。作られた背景が違いますから、オート三輪と三輪自動車は違うものとして区別されています。
日本ではオート三輪は普及しましたが、三輪自動車は普及しませんでした。では、なぜ日本では三輪自動車が普及しなかったのでしょうか。それは、自動車が普及した時期に理由があります。日本で自動車が普及したときにはすでに四輪自動車が一般的になっていたからです。もっと早い時期に日本で自動車が普及していれば状況は違ったのでしょうが。日本ではダイハツ社が販売したBeeという車があった程度で、三輪自動車はほとんど生産されていません。
初期の頃のオート三輪は、まさにオートバイの応用という言い方が正しく、オートバイの後ろが2輪の荷台になっているだけといった性質のものでした。運転席もオートバイと同じくむき出しでしたし、ハンドルもオートバイと同様に棒状のものでした。しかし、大量の荷物を運ぶのに便利だったことから需要が高まり、ダイハツやマツダといったメーカーが様々なオート三輪を開発・販売し始めます。その過程で、外見や中身がオートバイとは似ても似つかぬものに変化していきます。戦後、自動車のようなキャビンが作られたり、エンジンの向上によって荷物の大量積載が可能になったり、オート三輪は日本独自のものとして繁栄していきます。
自動車が日本で普及するようになっても、オート三輪は有効性が高く、値段も手ごろだったことから、一定の需要がありました。ところが、自動車の高速化・四輪トラックとの価格差が減少した、などの理由により、オート三輪はその地位を四輪トラックに奪われ、徐々に衰退していきます。一時的に、ダイハツのミゼットがブームになったものの、その後は販売台数も減少し、1974年には日本で生産するメーカーがいなくなり、オート三輪はその歴史に幕を下ろします。しかしながら、日本で培われたオート三輪の技術は東南アジアなどで継承され、インドやタイではいまだ現役としてオート三輪が活躍しています。
昔は、オート三輪に乗るための三輪免許なるものが存在していましたが、免許証を見ればわかるように、現在三輪免許は存在していません。今オート三輪に乗るために必要なのは普通免許です。普通の乗用車に乗れる人なら誰でもオート三輪に乗ることが可能です。
とはいっても、現時点でオート三輪を生産していない以上、オート三輪に乗ることは非常に困難です。ものがないですからね。日本に現存しているオート三輪は、ダイハツやマツダなどのメーカーが保存しているものと、ごく一部の人が所有しているものくらいしかないと思われます。しかし、写真などを見ると、「一回でいいから見てみたい、一回でいいから乗ってみたい」と思います。オート三輪を公道で乗れるようにするための手続きは大変みたいですけどね。
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